2011年12月29日

只今、永眠中。:本多忠勝


image-20111229082226.png

忠勝じゃ

昨日は皆々、ありがとう!!


『 思 い は そ の 風 景 の 中 に 眠 っ て い る 』

わしが演武の中の台詞の中で、一番魂を込める言葉じゃ。

天下分け目の戦いがあったこの地に眠る
それぞれの思いを掘り起こす事が、
わしら関ケ原東西武将隊の使命じゃった。

その道すがら、わしらは本当にたくさんの“出逢い”という宝を手にした。

関ケ原町の素晴らしい景色、
数々の名を馳せた武将達が駆けた場所が開拓されずそのまま残る無形文化遺産、
町の人達の暖かさ、
子供達の純粋さ、
町の美味しいもの、
そして、全国から足繁く通い集まって来てくれた、

皆々。

わしは今日から関ケ原の地で毎日続けておった仁王立ちする事もないし
、皆々に中々好評だった

本多忠勝!起床っ!

の、つぶやきをする事はない。

じゃが
ラストステージ最後の皆々へ向けての

一喝一喝一喝一喝一喝一喝一喝一喝一喝一喝一喝一喝一喝一喝一喝一喝!!
の一喝一斉射撃でも、言うた通り、

わしらが還る場所は、
そなたらの胸の中じゃ。

この関ケ原で共に作り上げた思いを
胸に
そなたらは、

生 き よ ! !

大自然の流転の中で、奇跡的に生かされておる
わしら人間の小さな命の灯火

その火を絶やさぬよう懸命に護りながら、
偉人たちの叡知の限りを使い、
助け合い、励まし合い、感謝を絶やさず
そなたらの想い描く 明日へと進め。

さあ!気張って参ろう!!
この世は戦ぞ!!!

心配すんな、大丈夫だ。
心の奥底に住むチルドレン達と共に
わしらはお主らの勇姿をずっと見守っておるからの。

最後に一言、


逢 え て 良 か っ た 本 当 に あ り が と う 。


では、またの!!

ハートの内側から投稿
2011.12.29 本多平八郎忠勝



image-20111229120816.png





posted by 関ケ原東西武将隊, at 09:27 | Comment(43) | category: 本多忠勝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月26日

誠、グレートな言伝じゃ:本多忠勝


image-20111226111713.png

忠勝じゃ

グレート家康公葵武将隊の楽屋を掃除せねば、と入ったらば。

なんと!
葵武将隊さん達からのメッセージがっ!!

それぞれ
お互いに忙しくてな、あまり深く話す機会がなくその辺りが残念じゃったんじゃが、

このメッセージを見て、
本当に嬉しくなった。


わしらは終わる。

が、
彼らは続く。

徳川家康様が築いた泰平の世。

主君の為に死に、
敵に後ろは絶対に見せぬ、三河武士達の誇り高き精神、その教えを日の本の国に生きる者たちの
DNAに叩き込んでいって欲しい。


グレート家康公葵武将隊の皆々様!

誠に嬉しかった☆ ありがとう御座いまする!!




後は、、、頼みますぞ〜〜〜〜〜〜〜!!


posted by 関ケ原東西武将隊, at 11:42 | Comment(6) | category: 本多忠勝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ミニ合戦劇最終話、完結!!:本多忠勝


image-20111226065514.png


忠勝じゃ

ミニ合戦劇が遂に終了致した。

ラストは
なんと殿が大阪夏の陣の時に、関ケ原の戦いの事に思いを馳せながら、
関ケ原の自然の美しさや亡き四天王、更には敵方である石田三成、大谷吉継、島左近の事をまるで友の様に慕い、柿をみんなで食おうというシーンで終わる。

わしは本多忠朝としてその話を聞いておったが、

涙をこらえねばならなんだ。

神謀術数を駆使し、狸と呼ばれた殿だったが、

天下統一を果たした豊臣秀吉が死に、
力の均衡が崩れ、
再び乱れ始めた世の中を治めるのは、もはや255万石をもつ自分しかない。

そう思っておったに違いない。

そして、その重責は尋常でなかったはず。

じゃから、
関ケ原の戦いの10年後に三成をかつての友の様に思うという感情はまさしく、一人の人間としての徳川家康。

敷いては、殿の心の中のチルドレン、松平元康としての真の言葉であったに違いない。

“ 厭 離 穢 土 欣 求 浄 土 ”
争い絶えぬ乱れた世界をまとめ、平和の世を創る。

元康少年が掲げた旗印は、
いつも心の奥底でたなびいていたはずじゃ。



大義はそれぞれの家がある。

じゃが、あの方の思い描く世界は、
家を越え、日本を平定させる事じゃった。

その重荷を背負い、泣く泣く涙をのんで歩んで来た道のりであったはずじゃ。


わしらと皆々と笑いながら出逢えたこの平成という時代。
その礎を作られた徳川家康様。


そして今日は徳川家康様の生誕の日。

皆々
どうか共に祝ってあげてくだされ。
posted by 関ケ原東西武将隊, at 06:58 | Comment(13) | category: 本多忠勝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月17日

月見の宮大杉、続報!:本多忠勝


image-20111217231947.png

忠勝じゃ

ついこの間、
わしが福島正則陣跡の月見の宮大杉の木が老朽化の為、切られてしまうっ!?
なる記事をあげたが、

安心せい。
どうやら、噂が枝葉を伸ばしたものの類いだったらしい。
切られる事はないとの事。

率直に事実を申せば、
今年の8月に自らの重みに耐え切れず、木の枝が折れてしまったらしいのじゃ。
もちろん切る意思すらない。


わしとしては、ひとつ息を撫で下ろしたわ。
この木は絶対に守るべきものだと思ったからのう。

image-20111217231037.png

すると

新たな情報が入ってまいった。
この折れた木を使って(有)マルセ木材さんが
関ケ原町の為に、販売用のグッズを作ろうというのだ。
何が出来るかは、お楽しみとの事。

じゃが、皆々が手に入れやすい手軽な物である事は間違いないらしい。
発売は4月に、東首塚で執り行われる慰霊祭より売り出し、
それ以降は歴史民俗資料館にて販売するとの事。


なんにせよ
800年もの間、この関ケ原を見続けた神木のかけらをこの身に纏い

目を閉じ、遥か悠久の刻を感じたいのは、、わしだけかのう?
今から楽しみじゃのう。


そして刮目致せ。
正にこれが800年分の年輪じゃ
image-20111217230924.png
posted by 関ケ原東西武将隊, at 23:23 | Comment(10) | category: 本多忠勝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月16日

関ケ原町 冬の陣:本多忠勝

忠勝じゃ

寒くなってきたのう。
皆々の者も、暖かくして養生致せよ。
冷えは万病の元じゃ。

関ケ原には間もなく冬将軍がやってくる。
雪が降れば、かなりの積雪になる関ケ原じゃが、
町はその状況に決して手をこまねいておる訳ではない。

見よ!!!

image-20111216074449.png

除雪車じゃ〜〜!
関ケ原町はたくさんの除雪車を保有し、必要とあらば24時間体制で道路の除雪をし、
町民の安全、交通要衝の導線確保に努めておる。

この除雪車、多種多様にわたり、
なかなかかっこよくてのう。
6武将達も気に入った様子。役場の方に乗せてもらう許可をいただくと、

『これ、わしモデル!』

と無邪気に運転席に乗りながら、少年のようにウキウキな男の子と化す武将達。

ココで戦が勃発!!


image-20111216080316.png
一番槍はやはり直政っ!!


image-20111216080453.png
対するは石田三成参謀、
鬼神、島左近っっ!!


image-20111216083803.png

わしも軍監として戦況を見ながら
押すか引くかを巧みに見極める。


image-20111216081304.png

なんと!!
石田治部少輔自らが、参戦とな!!
豊臣恩顧の史僚派は皆、腰抜けばかりだと思っておったが、
その命を掛けて前へ出るか!?
やるな!!では、

、、んっっ!?


image-20111216081406.png
なんと…お館様までもが単騎、出陣!!
流石、三河武士の鑑!

って(汗)
いっ、戦ですぞ!!総大将が一人で出るなど、大博打にもほどがありまする!!!

皆、お館様に続け〜〜〜〜い!!
ひとりぼっちのお館様を決死の覚悟でお守り致すのだ!!!!

image-20111216082000.png

お館様の後を、除雪車の大軍勢が続く!!
西軍も奮戦するも、ものの数の押され撤退を余儀なくされる。。

まさか
お館様はこの事を見越しておられたのだろうか?
だとすれば、
なんたる大胆な神算鬼謀!!

辛抱、調略を重ね、
勝ちに行く時はその手で掴みに行く!!

流石としか言い様がないわ。


image-20111216082750.png

直政が勝鬨の声をを上げる。

『 井伊ともぉぉ〜〜〜〜〜!!! 』

、、
かっこいいのに
最後はまさかの、、、(;゜0゜)




関ケ原町 冬の陣

【 終 】
posted by 関ケ原東西武将隊, at 08:33 | Comment(10) | category: 本多忠勝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。